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項目 内容
ID J2203080
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1782/08/23
和暦 天明二年七月十五日
綱文 天明二年七月十五日(一七八二・八・二三)〔小田原〕
書名 〔廻章日並記〕○日光竜光院
本文
[未校訂]十四日 快晴 夜八つ時余程之地震
十五日 快晴 暮辺余程地震、夜中又々少し両度程地震
十六日 快晴、夜中雷雨
一昨夕地震ニ付今朝 奥院向所々相伺候処御安全之御事、
右ニ付候奉行所へ使僧差遣候事
廿九日 快晴
一十四日十五日両度之地震、江戸表余程強ク建家抔場所ニ寄
倒候由、駿州之辺別而強ク富士山ニ而即死之者十七八人、
其外怪我人七八十人有之候之由風説之事
出典 新収日本地震史料 補遺
ページ 548
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 栃木
市区町村 日光【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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