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項目 内容
ID J1800064
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1854/12/23
和暦 嘉永七年十一月四日
綱文 安政元年十一月四日・五日・七日(一八五四・一二・二三、二四、二六)〔関東以西の日本各地〕
書名 〔金沢氏収集文書〕○茨城県鶴田村
本文
[未校訂]藤沢市文書館

此節度々地震在之候ニ付而は此後之儀も難計銘々立退方之儀
心得も可在之候得共兼々火之元之儀厳重ニ手当致し置早速立
退候様向々江可被達置候事
十一月
右之趣従公儀御触在之候間小前壱人別寺社門前ニ至迄不洩
様可相触もの也
嘉永七年寅十一月十六日
井坂丹治代印
浜野直記
出典 新収日本地震史料 第5巻 別巻5-1
ページ 367
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 茨城
市区町村 堅倉【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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