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項目 内容
ID J1600338
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1854/07/09
和暦 嘉永七年六月十五日
綱文 安政元年六月十五日(一八五四・七・九)〔伊賀・伊勢・大和・山城・近江・河内〕
書名 〔鳥居甲斐忠耀日記〕○丸亀
本文
[未校訂]十四日 夜半に大地震
十五日 朝方、地震五度。肥前五島に外国船来航。五月に、
周防では大雷、大雹があり、雹の重さが二百匁もあった。
死者も出たという。
十九日 京、摂津で大地震があったとか。
三十日 十四日以来、毎日天気がわるくて、むしあつい。日
が照ったり雨が降ったり、定まらない。雲は西南から出
て、全く風がない。今日は午後から暫時雨が少し降り、雷
も少々、夜は晴れた。
このところの地震は、大和・伊賀・伊勢・近江・越前が一
番ひどかった。大和の南都、伊勢の四日市、浅熊では家が
倒壊炎上したり、地割れして泥水が湧き出たり、人畜とも
に死傷する。その数はかぞえられないほどであった。越前
の福井では十三日に大火があり、十四日は大風が吹き、夜
大地震、城下も農村もみな崩れ、そのあとに洪水が出た。
大和の郡山、伊賀の上野、伊勢の亀山、近江の膳所、山城
の淀の各城が崩れた。京・大坂でも三日間に七十何回もゆ
れた。そのため住民も旅人も舟暮しをしたり、野宿したり
する者が多い。河内・和泉・丹波・丹後・播磨でもひどか
った。その他、被害の及んだ国の数はわからない。まこと
に古今未曽有の大変事である。
出典 新収日本地震史料 第5巻 別巻3
ページ 292
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 香川
市区町村 丸亀【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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