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項目 内容
ID J0600686
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1644/10/18
和暦 寛永二十一年九月十八日
綱文 正保元年九月十八日(一六四四・一〇・一八)〔羽後本荘〕→二十日
書名 〔金浦町郷土史年表〕
本文
[未校訂](佐々木清兵衛家文書)
申九月十八日の夜明け大地震中々筆紙に難書候 潰家の次
第左の通り 但し死人は無之候
久蔵 源蔵 豊後 まげし 三十郎 兵左衛門 惣助 清
兵衛 清三郎 惣八 玄番 吉十郎 三右衛門 市右衛門
与惣右衛門 七左衛門 与助 三郎平 右衛門三郎 三蔵
角内 権助 太兵 与左衛門 惣五郎 孫左衛門 喜右衛
門 金助 潰家計廿八軒馬九疋
蔵潰れ
 与惣右衛門 清兵衛 源蔵 三郎平 角内
小屋潰れ
 五郎兵衛 彦作 惣八 吉蔵 善右衛門 観音堂半つぶ
れ 澗の内四尺埋み 石垣三尺下り山々無制限いたみ申候
同九月二十五日、御郡奉行野崎八右衛門様御馬にて御廻り
塩越御泊り夫より西小出郷西目郷之之御廻りあり。
十月朔日新穀五俵つつ壱軒に被下置候事御年貢上納高の内
差引仕候もあり。
大工木引一日細工料米二升つつ文銭は三十八文つつ被仰付
候 檜一丈程五十五文迄仕候 杉板一間六十文迄 酉の春
は段々下直に相成候事
地震痛澗形御普請(正保二年の条)、家々普請大難儀ニ村中相くらし凌ぎ兼
候人々庄内に行く
出典 新収日本地震史料 第2巻
ページ 145
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 秋田
市区町村 金浦【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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