Logo地震史料集テキストデータベース

西暦、綱文、書名から同じものの一覧にリンクします。

前IDの記事 次IDの記事

項目 内容
ID J0201258
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1732/12/05
和暦 享保十七年十月十八日
綱文 享保十七年十月十八日(西暦一七三二、一二、五、)能登羽咋郡神子原村並ニ射水郡角間村ニ地辷アリ、
書名 〔擢萃録〕
本文
[未校訂]一十月十八日・十九日能州羽喰郡神子原村近辺土地に割目出來、こゝかしこ高下も出來候、人馬に死傷無之村屋も倒不申候、時として有之儀之由にて、土人是を蛇ばみ、蛇ぐへ、蛇持、貝割などゝ稱候、地陷の類にても候歟、同日射水郡角間村にて、水戸山幅六十間餘、高さ二十餘丈崩候、其東南に猶裂口見え候由、石動山之方へより候由、神子ケ原村は公領御領地の方へもかゝり、此方えもかゝり候、御預分の分千五百六十歩計、御預地之方百間四方計之内、右之趣に候事、
出典 増訂大日本地震史料 第2巻
ページ 339
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県
市区町村

版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

IIIF Curation Viewerで開く
地震研究所特別資料データベースのコレクションで見る

検索時間: 0.001秒