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項目 内容
ID J0200668
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1710/10/03
和暦 宝永七年閏八月十一日
綱文 宝永七年閏八月十一日(西暦一七一〇、一〇、三、)因幡國ノ西部並ビニ美作・地大ニ震ヒ、河村・久米両郡ニ於テハ山崩レ人家ヲ壓潰セリ、倉吉ニモ被害アリ、八幡町ニ於テハ六十餘戸倒潰セリ、マタ伯耆大山ノ六坊モ震倒ス、美作ニテモ人畜多ク死セリ
書名 〔大山諸事覺書〕
本文
[未校訂]記
一宝永七年閏八月十一日晝八ツ時分大地震、前代未聞の事に候、去共堂舍寺中無別條候、御金門之石夥敷崩落申候、一山共石垣者大分崩、少々殘申候尚此崩石取除きに百姓人夫五百人加勢云々
出典 増訂大日本地震史料 第2巻
ページ 262
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
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版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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