廿六日 雨曇後晴風
一申刻大地震其後夜中折々小地震寛政五年正月以来之地震也、荒砥辺別して大にて、蔵等余程損したよし、
長岡領鴉ケ島の井は水路凡二里、村松領は貝ケ島井水路凡一里半共に山地にあり、皆埋れて其跡を失へりと云ふ、凡そ平坦にして堅硬の地は破裂し弱土は陥り砂ばかりの地は無事に近きことおほかたの様なり、故に鴉の森村の前後信濃川提外川原幅二三尺より二三間、長二三十間より三四百間、深三四尺或は八九尺所々破裂す、又陥りしところ数ケ所にて井新旧川原地なども又之に同じ、前須田村民戸ある所より城腰といへる畠地へかけ凡そ長二百間ばかりのうち地裂けて砂交りの水を吹出し、新之丞、孫七、孫八などが宅中へ水掃入れり
廿八日 霙
一昨夜地震之気味数々有之